Comments for ZABADAK(その4)
星の旋律、大地のサウンド
---真淵 威志(まぶちたけし:TVディレクター、現「おかあさんといっしょ」担当)

 思い返せば、今まで手がけてきた番組の数々で、吉良さんの作品を幾つもBGMとして使わせていただいてきた。7分に及ぶインストの大作「桜」やアルバム「12月の午後、河原で僕は夏の風景を思い出していた」をはじめとする数々の名曲たち…。

 番組の構成を立て、イメージボードを描いたとき、自然に音の風景、映像と共に流れるべきリズムやメロディが鮮やかに浮かんでくる。それが、吉良さんの手になる曲である、ということが、本当によくあった。

 時に鉱物的な透明感、時に野に咲く名も知らぬ花のような可憐さ・はかなさ。
 生成流転を繰り返しつつもけっして途絶えることのない生命や星の永続性を感じさせる美しい旋律と、大地の匂いのする荒々しくも優しいサウンド。そして、吉良さんのヴォーカルのえも言われぬ切なさが、「永遠の中に灯される一瞬の今」を幻視させるのだ。

 吉良知彦という人は、なんとヴィジュアルな音を紡ぐひとだろう、と、ZABADAKの新譜が出るたびにひとりヘッドフォンの中に広がる世界に浸りながら思う。

 「おかあさんといっしょ」という番組の中で秋放送のオリジナル曲を作るという機会を得て、迷わず「吉良さんの曲と小峰公子さんの詩で」と思った。
 お二方にお願いするにあたって「人間の社会という視点からは散々なことの多いこの世界だが、ヒトという生き物を包み込む天体としての地球は厳しく、優しく、美しい。そんなこの星への賛歌、希望のうたになれば」とのメッセージを託したのだが、何のことはない、これは私が抱いていたZABADAKの曲への印象そのもの。番組としてはやや大人びて異色ながらも、間違いなく心に響くうたが生まれるだろう、という確信があった。初顔合わせから僅か10日で小峰さんヴォーカル入りデモが完成、というのは嬉しすぎる誤算だったが。
 こうして生まれた「にじ・そら・ほし・せかい」は、制作スタッフからは「こどもに歌いづらい」とも指摘されたが、美しい旋律に触れるのに早すぎることなどあるかと押し切った。結果、こどもたちのお母さん世代だけでなく、かなりご高齢の方々からも「素晴らしい」との反響の数々を頂戴している。いまは自分で歌えないとしても、番組を見た数知れぬこどもたちの幼く柔らかな心にも、吉良さんのメロディはしっかりと刻み込まれ、残っていくことだろう、そう信じている。

 以前は複数のメンバーからなっていたZABADAKが93年秋に吉良さん一人のユニットとなってからはや9年。この間、様々なミュージシャンとのコラボレーションによって、ZABADAKはコンスタントにアルバムを発表してきた。
 以前なにかのサイトで、吉良さんは「ZABADAKは多くのミュージシャンに支えられた、不定型なアメーバ的存在」とおっしゃっていたが、私は、ZABADAKはひとつの豊かな惑星の様な存在なのではないか、と感じている。
 短期の旅行者、長期滞在者、リピーターと、そこを訪れるミュージシャンの形態は様々だが、その世界の空気を吸い・水を飲んだ様々な個性の持ち主たちの声は、サウンドは、まぎれもなくZABADAKという星の奏でる音になっているではないか。吉良知彦という核のもと、あらゆる参加者の経験や想いは、流転しつつも変わることのないZABADAKの大気や海に吸収され、結晶する−−そんな印象を覚える。

 ふと夜空を見上げればいつでも降り注いでいる星明かり、十数年に渡りそんな距離感で吉良さんの音楽に親しんできた一観測者としては、今後もその軌道から目が離せない。
 願わくばZABADAKが、これからも幾久しく、大地のサウンド、星の旋律を産み育てる天体として宇宙を廻り続けんことを。
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